今日は、国際経済を理解する上での必須知識の一つである「国際金融のトリレンマ」について書いてみようと思います。
「国際金融のトリレンマ」とは?
「ジレンマ(dilemma)」という言葉がありますが、これは「2つの選択肢で板挟みになる」「あちらを立てれば、こちらが立たず」という意味ですね。
「トリレンマ(trilemma)」の「トリ」は「トリプル(triple)」の「トリ」なので、「3つの選択肢で板挟みになる」「3つすべてを同時に成立させることができない」という意味になります。
それでは、国際経済におけるトリレンマとは何でしょうか?
結論から言えば、「独立した金融政策」「固定相場制」「自由な資本移動」は3つ同時には成り立たない、ということです。
「国際経済のトリレンマ」とは?
「国際経済のトリレンマ」とは、
①固定相場制
②自由な資本移動
③独立した金融政策
の3つが同時に成り立つことはない、という原則のこと。
この法則を頭に入れれば、国際経済を動かしている枠組みを理解することができます。
3つの要素について解説
それでは、簡単に3つの要素について見ていきましょう。
①固定相場制
固定相場制は、自国通貨と他国通貨の交換レート(為替レート)を固定することです。戦後で言えば、日本円とドルの為替レートは「1ドル=360円」で固定されていました。
現在の日本は変動相場制ですね。為替レートがその時の市場の需給によって決まっています。
②自由な資本移動
自由な資本移動とは、自国から海外への投資や、その逆を自由に行えるということです。たとえば、日本からアメリカに投資する場合(たとえば、アメリカ企業の株を買う)ためには、まず日本円をドルに交換してからドル建てのアメリカの資産を購入・保有しますね。つまり、「自国通貨と他国通貨の取引・交換が資本移動」です。FXが行えるのは自由な資本移動のおかげです。「資本逃避(キャピタル・フライト)」という言葉もありますが、これは海外から投資されていたマネーが、急激にその投資先の国から引きあげられる(通貨が売られる)現象のことを言います。途上国などに多い現象です。
➂独立した金融政策
独立した金融政策とは、市場の資金の需給に応じて、中央銀行・通貨当局が金融政策を自由に行えるということです。金融政策は市場に出回るマネー(貨幣)の量をコントロールすることです。マネーの量によって物価は変わるので、「物価の決定」とも言えます。
「国際金融のトリレンマ」は、「この3つのうち2つは同時に成り立つが、1つはあきらめなければならない」ということです。
ここで、気づいた方もいるかもしれませんが、この3つは全て「通貨に関わるもの」です。
トリレンマの3つの要素
①固定相場制=自国通貨と他国通貨を等価にする
②自由な資本移動=自国通貨と他国通貨を自由に取引・交換できる
➂独立した金融政策=自国通貨の価値をコントロールする
なので、「国際金融のトリレンマ」は、「国際通貨のトリレンマ」と言われることがあります。
なぜトリレンマになるのか?
では、なぜトリレンマになってしまうのでしょうか?3つのパターンを見ていきましょう。
1.「①固定相場制」と「②自由な資本移動」を選んだ場合
自由な資本移動を認めながら固定相場制を維持しようとすると、独立した金融政策はあきらめなければいけません。
基本的に、固定相場を維持する場合、政府は通貨当局(中央銀行)などを使って、為替介入によって為替をコントロールする必要があります。為替介入は、市場で自分の国の通貨を売って、他国の通貨を買ったり、その逆をすることですから、それによって通貨価値が変わってしまいます。なので、自由な金融政策はできないわけですね。
現在でこのスタイルに近いのは、EUです。EU各国は共通通貨ユーロによって域内において固定相場制であり、資本も自由に取引できますが、その分、各国が独立した金融政策を行うことができません。
2.「①固定相場制」と「➂独立した金融政策」を選んだ場合
固定相場制と独立した金融政策を両立させるためには、資本移動の自由を制限する必要があります。資本移動が自由ということは、為替市場での取引(自国通貨と他国通貨の交換)が行われるということなので、お金の価値が上がったり下がったりしてしまうからです。(円高ドル安、円安ドル高など)
このスタイルを取っているのは、中国です。中国は、人民元とドルの為替レートを固定・連動させつつ、独立した金融政策を行っており、資本移動は制限しています。特に中国政府は中国からの資金流出をかなり警戒しており、個人が中国国内から海外に持ち出せる資金の量なども上限を設けて厳しく管理しています。
中国が固定相場制を維持している仕組みについては下記の記事も参考にしてみてください。
3.「②自由な資本移動」と「➂独立した金融政策」を選んだ場合
これは、現在の日本やアメリカなどの先進国が採用しているスタイルですね。
独立した金融政策と自由な資本移動を認めれば、通貨の価値は市場の需給によって変動することになるので、固定相場制は不可能になります。たとえば、金融政策によって国内外の金利差が生まれたら、自由な資本移動によって、金利の高い国に資本が集まるはずです。これで為替は変動してしまいますので、固定相場制は不可能です。
国際金融のトリレンマから見た「国際経済の歴史」
以上、3つの組み合わせを見てきましたが、ここ150年ほどの国際経済、国際通貨制度の歴史はまさに、この3パターンの順に進んできました。
1.金本位制(①固定相場制+②自由な資本移動)
↓
2.ブレトンウッズ体制(①固定相場制+➂独立した金融政策)
↓
3.ニクソンショック後(②自由な資本移動+➂独立した金融政策)
1.金本位制(19世紀後半~)
19世紀後半から世界の先進国はこぞって金本位制に移行しました。金本位制は、金が通貨の価値の尺度になるということです。各国が、金の一定量に対して自国通貨の交換レートを定めました。たとえば、アメリカで金1グラム=1ドルとして、日本で金1グラム=2円であれば、為替レートは1ドル=2円ですね。これは固定相場制になります。物価の決定は当然できません。
2.ブレトンウッズ体制(1945~1972年)
戦後の国際経済の枠組みであるブレトンウッズ体制の下では、各国通貨は基軸通貨のドルとの固定相場制となりました。円ドルの為替レートは「1ドル=360円」で固定されました。ドルは金との兌換(交換)が認められることで信用が裏付けされます。各国の金融政策の独立性が認められる代わりに、資本移動の自由は制限されました。
3.ニクソンショック後(1972年~現在)
ブレトンウッズ体制でのドル本位制は、1972年のニクソンショックによって終わります、アメリカが金とドルの兌換を保証できなくなってしまったためです。ここから現在までの世界は変動相場制が主流の時代です。
以上、国際金融のトリレンマについて簡単に見てきました。
国際金融のトリレンマにのフレームワークは、国際経済を見る上でも有用なものの1つなのでぜひ理解しておきましょう。